2017年5月26日金曜日

[5994] 撮影

今日は『ワガジン7』の写真撮影。
『ワガジン7』の内容は夏のノリタケの個展に出す作品の成長記録のようなもの。最初はパンフレットを作ろうと思ってコンセプトをまとめていたのだが、もはやパンフどころでない春の午後3時のコーヒータイムに浮かぶアートの哲学的考察のような美しく鋭いものになってしまったのだ。これはきちんとした本に作り上げたほうが面白いとワガジンシリーズ第7にすることにした。これまでのワガジンは過去の自分の考えを本にしたものだが、ワガジン7は毎日新しい作品に挑戦する『今』を表している。
 今日の一言「プロのカメラマンはすごく忍耐強い」

2017年5月25日木曜日

[5993] こことそこ

いつも 
いまここなのに 
いつかどこかで 
ここでこそいま 
いまこそここ
ここ
そこじゃないって
ここ
そこ

2017年5月24日水曜日

[5992] 売自奴

『売国奴』とは悪いヤツらしい。
 では『売自奴』も悪いヤツだろう。『売自奴』ってのは自分を売るヤツだね。「自分を安く売らない」という言葉がある。その言葉通り、たった一つしかない自分を安く売るなということだ。どうせ売るなら高いに越したことはない。でも安かろうが高かろうがやはり売っているんだから『売自奴』だ。
 そこで考えてみた。「自分を売らない」って、どういうことか。
「私は偉い」「私は正しい」「私は頭がいい」「私はかっこいい」とかの自分の売り込みをしないことだろうね。売り込みにはこのような直接的な私自慢だけでなく、「私はバカで、ダメっすよ」などの逆売り込みもある。他を否定バカにして自分を上げて売り出すのもある。
 どんな形にしろ、自分を完全に売り込まなくなったら、そりゃあ最高の価値だろう。 

2017年5月23日火曜日

[5991] 全て

夏の個展は名古屋の『ノリタケの森ギャラリー』で8/29から9/3まで。
 タイトルは『プラスマイナスゼロ』だ。
 僕の誕生日が8/28で、その日が搬入になる。父親が死んで気づいた。父親の誕生日が9/4なのだ。つまり僕と父親の誕生日に挟まれた一週間が個展期間になる。面白い!
 ところで僕の作品の第1作目は『猫神様』だ。この作品は僕とSSとの合作みたいなものだ。そして今度は父親の遺言STOPを育て、この世の僕とあの世の父親との合作だね。あいも変わらず僕は誰かに支えられているなぁと思った。
 この世とあの世、プラスとマイナス、これで『ゼロ』だ。
 ようやく『全て』が整った。
 生きている意味がわかったような気がする。

2017年5月22日月曜日

[5990] アート魂

 僕が20代の頃、絵を描いていたら、全くアートのことなど知らない父親が「キャンバスの上に割ったガラスを貼って絵を描くのはどうだ。迫力あるぞ」と自分のアイデアを言ってきた。面白い父親だと思った。
 当時、ニューペインティングという絵が流行していて、アメリカではシュナーベルという作家がキャンバスの上に割った皿を貼って絵を描いていたのだ。普通の人がそんな絵を見たら「芸術は解らない」と決めつけ、自分の狭い殻の中に閉じこもるだろう。父親は既成概念に捕らわれない自由な発想を持っているなぁとその時思った。
 僕の勝手な思い込みだが、一昨日の絵日記の交通標識は、そんなアート魂を持った父親が死に際に発した僕へのメッセージだと思うのだ。『STOP』を育ててみようと思う。

2017年5月21日日曜日

[5989] 月と太陽

皆様、弔電、供花、お悔やみのお言葉、大変ありがとうございました。
●展覧会案内
タイトル『月と太陽の神様』
「山形に月と太陽の神様がやって来るぞー」
もりわじん・市田志保の二人展
場所:村山市 最上徳内記念館
6/16~7/18 2017 水曜休館
 知人に市田志保さんという方がいて、彼女は猫とは関係なく『ツキヨミ』という作品を作っていました。そこで閃いたのが、僕は日本の東、山形生まれで男、アマテラスを祀っている伊勢に太陽に関する作品をこれまで提出してきました。逆に市田さんは西の生まれで女性、偶然にも山形の月山の神であるツキヨミを作っていた。
 昔『西の伊勢詣り、東の奥詣り』と言われ、両方を詣ることで太陽と月、陽と陰がワンセットになっていた。このことから山形で市田さんの作品展をすることにしました。月一人じゃ心細いと思い、太陽も参加し2人展にしました。
 山形に月と太陽の神様がやってきます。

2017年5月20日土曜日

[5988] 遺言

15日、父親危篤の連絡を受け、病院に向かった。帰りに一時停止無視で白バイに捕まり罰金。その次の日に父親は亡くなり、病院からの帰り、交通標識に気を付けながら、思った。父親のあのわがままな性格でボケ介護などになったら周りが堪ったものでない。気疲れでみんな先に死んでしまっていただろう。ところが父親はいつも動いているタイプ、最近まで車を運転していた。サメは止まったら死ぬという。緩和ケアに入って二週間、父親もその通りだったようだ。ある意味誰にも迷惑かけず野生の動物のような潔い死だったと思う。
「止まったら危篤、止まらなければ罰金」、そんなことを考えながら運転していて交通標識に対する興味が膨らんだ。危篤と罰金がなかったらアートとしての交通標識のイメージは捨てられていただろう。これは父親の遺言のような気がした。
 そこで自分の絵である『プリズム詩』にした。