2017年10月18日水曜日

[6139] 金魚

猫の庭には池がある。
池には金魚がいる。
今年3匹の稚魚が生まれた。
早く生まれた1匹だけ、
両親と一緒に餌を食べる。
他の2匹はまだ小さく、
大人たちとは一緒にいない。
大人は子供を食うからだ。
最近見かけない。

2017年10月17日火曜日

[6138] 芹沢くん

そういえば
名古屋の個展に芹沢くんが来た。
芹沢くんとは
僕の小説『自由自在堂』のほぼ主人公だ。
何十年ぶりかに会った。
妙な嬉しさを味わう。
意味ありげな捨て台詞を
僕の脳に
靄として忍ばせ
最終電車で帰っていった。
やっぱり
年月は過ぎても
小説の芹沢くんだった。

2017年10月14日土曜日

[6135] 橋の上

猫祭り系の作品を『猫の内側』とし、
『STOP』系の作品を『猫の外側』という言葉で括った。
とりあえずその方が伝えやすい。
この内側と外側の間には境界がある。
それが『STOP』作品集の中の作品『橋』だろう。
僕らは橋の上にいるのだと悟った作品だ。
だから僕らはこっち側にいるわけでもなく、
あっち側にいるわけでもない、
橋の上にいる。
猫で言えば内側でも外側でもないことになる。
ものは内外の区別をつけることで
いろんな名称が生まれる。
過去の僕にとっての猫とは
猫の内側を意識している時の名称だった。
だから外側へ行くということは
猫が消えてしまうことと思えてしまう。
消えてはいけないから内側にこだわる。
しかし僕らは橋の上だと気付いた時から
内や外の区別は放たれる。
境界という概念は消滅する。
つまり『猫』や『橋』などが
幻想だったことを知る。
我々は永遠に渡れる広大な
表現し難い自由の中に存在する。

2017年10月12日木曜日

[6133] 恐れ

名古屋の個展を振り返って。
幼虫が羽化して
成虫になったような気がする。
幼虫が被っていた殻を脱いだだけで
中身は何も変わっていない。
でも自分がどんな成虫なのかはわからない。
殻というのは恐れや不安から自分を守るために必要だ。
が、反面、自分を縛っているしつこい観念でもある。
そういった意味では
人は誰もが殻の中から見ている。
殻は目をも覆っている。
だから外の本当の姿を見てない。
構築した言葉や活発な行動を駆使しても
なかなか殻の外の真実は見えない。
見るには、、、
例えば写真の作品の目を塞いでいるダルマが
手を外したら
自分の居場所に気付き、
そのリアルさに恐れを感じるだろう。
それでいい。
自分で自分の覆いを外す。
そこから始めるしかない。